「ツナ君。…本当に行っちゃうの?」
もう教室には綱吉と京子の二人しか残っていなかった。
クラスの皆はもうそれぞれに散っていった。もうここに集まることもないだろう。

卒業式、その後。


  (三月あなたに別れをつげる)


綱吉は開いた窓に背を向けて立っている。手には沢山の花束(後輩達が渡してきたものだ)。
窓から入ってきた風が綱吉の髪と花束を優しく撫でていく。
「うん、行かなくちゃならないんだ」
綱吉はここ数年で変わった。過去に『ダメツナ』と呼ばれていたのが嘘のように。
勉強、運動、人付き合い、全てを完璧にできるようになっていた。

まるで別人。

「俺を待っている人がいる。だから、行かなくちゃ、イタリアへ」
「お兄ちゃんも、だよね」
綱吉は変わった。リボーン、獄寺、山本、沢山の人々と出会って。そして彼らも変わっていったのだ。
綱吉を取り囲む彼らの中に、自分の兄がいることは当然妹の京子は知っていた。
だって兄が変わっていくのを間近に見ていたのだから。
「そう、了平お兄さんも。獄寺君も山本も雲雀さんも、俺と一緒に行く」
「…やっぱりそうなのね」
わかっていたのだ。いつかはこうなることも。
だって彼らは皆ここの世界にいて、なのに別の世界に生きている。
「決まっていたことなんだ。俺がまだ中学生だった頃に」
そうか、その時からだったのだ。皆が遠くを見始めたのは。
自分が彼らに置いてかれたと思ったのは。
「ツナ君、もし、もしだよ?」
綱吉は京子の言葉を黙って聞いていた。
でも、綱吉は自分の気持ちを全てわかっているのだと京子は感じた。
「私が連れて行ってって言ったらどうする?」
『もし』などではなく、間違いなく本心だった。
叶わないと口に出す前からわかっている心からの望み。
案の定、綱吉は困ったような顔をした。
あぁ。そんな顔させたいわけじゃないのに。
「ごめんね、京子ちゃん。今、君を連れていくわけにはいかない」
「…っなんで?」
十分にわかっていたはずの答えだったのに京子は泣きそうになった。泣くのを堪えるから、言葉も震えている。
「ハルにもそう言われたよ」
「ハルちゃんも?」
そうだ、綱吉のことを好きだった(それは愛だったのかもしれない)ハルが綱吉が行くと知って黙っているはずがない。
そして彼女も綱吉に断られたのだと言うことに少なからず驚いた。
彼女はどんな顔をして断りの言葉を聞いたのだろう。今の自分と同じような泣きそうな顔だろうか。
「…俺たちがこれから行くところはいつ死ぬかわからないようなところだ。京子ちゃん、これは俺のエゴかもしれない。だけど…俺は君をまだ失いたくない」
涙が一筋、京子の頬を流れる。
「君たち二人にはまだ光の中を歩いていてほしい」
もう次から次へと溢れてくる涙を止めることは出来なかった。
そうだ。綱吉は変わっていなかったのだ。あの優しいところは昔のまま。
私たちの為を思ってくれていたのだ、この優しい人は。

でも、それでも。

「…ツナ君。それでも私はツナ君のそばに…居たいのに」
いつ死んでも構わないような気がした。綱吉のそばにいれるのなら。
「…京子ちゃん」

その時、遠くから声がした。
校門のところからだ、獄寺の声。
綱吉は後ろの窓を振り返った。やはり、校門のところに幾つかの人影。
卒業式が終わってから綱吉より先に学校から出て荷物を取りに行っていた獄寺、山本。自分たちの卒業式を終えてからきたらしい骸、千種、犬。綱吉を迎えに来たらしい了平、雲雀、そしてリボーン。
皆こちらを向いて早く来いと綱吉に手招きしている。
それに少し待ってと手を振ってから綱吉は京子にもう一度向き直る。
「迎えが来たみたい」
「…このまま、イタリアに?」
「うん。二時間後の便で」

だから、後少しでお別れ。

京子は泣いたことを後悔した。綱吉ともう二度と会えないかもしれないのだ。これでは彼の顔がよく見えない。
それに、彼には笑顔の自分を覚えておいてほしかった。やっぱりそれは女の子として当然の心理だ。
「京子ちゃん、」
歪む視界の中の綱吉が穏やかに微笑む。

綺麗だった。

「京子ちゃん、連れていけなくてごめん。だけどね……」
「?」
「だけど、もし、君が後何年かして社会に出るときに、まだ俺のそばを望んでくれるなら…」
綱吉はくるりと後ろを向いた。窓のサッシに手をかける。
「その時は、イタリアに来てほしい。俺たちみんなで待っているから」
京子は歓喜した。あぁ。自分が綱吉の近くを望まない時が来るだろうか、否来ない。
「きっと、きっと行く」
肩越しに振り返った綱吉の顔を目に焼き付けておく。
「じゃあ、それまでさよならだ、京子ちゃん」
「うん。また会うときまで」
綱吉がサッシを飛び越える。因みにここは三階の教室。綱吉の体は宙を舞い、そして待っている人々の下へ。


 end

その姿は羽ばたく鳥のようだった。

かなり短時間で書き上げたもの
高校卒業時設定
BLOGタイトルで御題(24 三月あなたに別れをつげる
(06/12/24)

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