※スレツナ設定
 スレツナとは、強くて頭も良いという原作からかけ離れた綱吉のことを指します


たまに、そう、本当にたまに。
ケータイも財布も何も持たずに、あの人はふらっとどこかに行ってしまう時がある。


  疑似喪失


「おい、沢田ぁ〜〜。お前、呼ばれてるぞ」
くいっと顎で教室の扉を指すクラスメート。
その名前も知らない(知りたいとも思わない)男子生徒に、軽く頭を下げる。
一応の感謝の意。
自分に与えられた席から立ち上がり、扉へと向かった。
途中、
先程の男子生徒が、何か物言いたげな視線を向けてきたが、軽く無視をして。
「沢田さん、申し訳ない」
待っていたのはリーゼント5人組。
あぁ、ナルホド。
後ろをちらと振り返る。
天下の風紀委員に怯えたのか、クラスの誰も綱吉と目を合わせようとはしなかった。
リーゼント集団の真ん中にいる一番風格のある人(勿論、最初に綱吉に話しかけてきたのもこの人だ)に挨拶を返した。
「こんにちは。草壁さん。また、ですか?」
「えぇ。また、です」
必要な言葉がいくつも抜けている会話。
綱吉と風紀委員たちの間ではこれで十分通じる。
教室内で聞き耳を立てている連中には決して解らないだろうが。
「当然、何も持ってないんですよね?」
「はい」
「そうですか」
まただ。
またあの人は何も持たずに『消えた』のだ。
今回で一体何回目だろう。前回は確か先々月の頭だった。
「…じゃあ、いつものように」
「わかりました。お待ちしています」
会話終了。
深々と草壁率いる風紀委員は綱吉に頭を下げて、引き上げて行った。
(一般生徒が彼らを見て道を開ける様子はいつ見ても圧巻だ。…まるでモーゼ。)

綱吉はそれを見送った後、再び自分の席へと戻ろうと教室に向き直る。

………。

あぁっ。面倒くさいっ。
クラス全員分の視線を感じて、綱吉はどう言い訳するべきかと、考えさせられる羽目になった。


あれから、
風紀委員が綱吉に何の用があったのか、あの会話はどういう意味か、綱吉が敬語を使われていたのは何故か、etc...
綱吉はクラスメートに質問責めにあっていた。
本当のことが言える筈もなく、綱吉は全てをなんとかごまかしたのだが…。
今度は絶対にクラスには来ないように言っておこう。
と思うくらいに、放課後までを乗り切るのは大変だった。


「と、言うわけです。草壁さん。次回からは人目のないところでお願いします」
ただでさえ『ダメツナ』を演じている身だ。こんなことばかりやっていては危険で仕方がない。
「本当に申し訳ない、沢田さん。未だに慣れないんです」
全てを取り仕切っているあの人が、突然、前触れもなくいなくなることに。
「で、いつからいないんですか?」
「昨日の放課後まではいました。が、それからは…」
ソファに触れる。この応接室にいつもはいるのだ。
あの人の言う群れを咬み殺しにいくことは普段からだから、心配はいらない。
ただし、何も持たないのは『消える』ときだけ。

『消える』のは要注意。

「俺はいつもの様に並盛を歩くだけです。良いですよね?」
「えぇ。それしか方法はありません。見つかりましたら連絡をお願いします」
「じゃあ、俺はこれで」
あの人の応接室から出る。校舎からも出た。

「…あなたしか、あの人を止めることはできません。よろしく、お願いします」
応接室で一人呟く草壁を残して。


最初は、すぐに帰ってきていたらしい。
段々と、いなくなる時間が長くなっていって、3日間以上いなくなる様になってきた。
そこまで来てやっと、風紀委員の人たちはあの人が『消える』ことに気付いた、と。
そう綱吉は聞いていた。


活気のある商店街に差し掛かる。
夕方の赤い日に照らされた人々は、とても楽しげに笑っていた。


『ねぇ、お兄さん。そこで何してるんですか?』
俺があの人と初めて会ったのは、俺が小学校六年生の時だった。
『そんなところにいると、車にひかれますよ』
あの人は、住宅地の交差路のど真ん中にいた。
真冬に白いワイシャツ、黒いスラックスという薄着で(後で俺はそれが風紀委員の制服だと言うことを知った)。
俺は、基本的に人に干渉しない。
だけど、今にも死にそうな目をしている人を放っておけるほど冷たくもなかった。
『お兄さん。聞こえてますか?』
とりあえず車が来ないうちに、手を引いて自分より大きな体を道路脇へと寄せた(その間、あの人はされるがままだった)。
『ねぇってば』
『…………』
『駄目、かなぁ?』
反応なしっと。
仕方ない。ここは実力行使。
『とりゃっ』
目を覚まさせる為、軽く(本気でやったらそれどころの話じゃない)回し蹴りでもしてみる。
シュッと、空を切る音。

パシッ。

『あ。目、覚めました?』
見事に脇腹に決まるかと思われた低い蹴りは、その寸前で止められた。
続けて、ヒュッと受け止めたのと別の手が素早く動く。
その手には、

……トンファー?
また、マイナーな武器を。

動きを見切っていた綱吉は、余裕をもってそれを避けた。
そしてしばらく攻撃が続く。
右、左、右、今度は下から。
全てを避けていた綱吉には、死にそうだった目が段々と生気を取り戻していく様子が見て取れた。
『…ワオ。何、君?』
攻撃がピタリと止まる。
綱吉のことをやっと認識したらしい、目を微かに見開いてこちらを見ていた。
『死にそうなところ助けられといてひどいですね』
『死にそう?僕が?』
自覚なし?
ビルの屋上から飛び降りてもおかしくないあの目をしておいて?
『わかってないんですか?』
『うん。でも、そうか。またなったんだね、僕』
『?』
また?
『君…ちょっと付いてきて』
グイッと手を握られて、引っ張られる。
『えっ。いや、どこ行くんですか?』
あの人は俺の抗議など全く聞かなかった。
連れていかれたのは並盛中の応接室。
『この子は一体?』
リーゼントの人の前に突き出された。

『僕を唯一止められる子だよ』


公園が見えてくる。
住宅に囲まれた小さめの公園。
もうそろそろ日も暮れる頃だと言うこともあって、子供の遊ぶ声は聞こえない。
そこに、
「ねぇ、お兄さん。そこで何してるんですか?」
あの人がいた。
公園の遊具の中でも一番高さのあるジャングルジムの上に座って、空を見上げていた。
「何か、面白いものでもありましたか?」
ジャングルジムに飛び乗り、並んで座る。
綱吉がのぞき込んだその目は空も何も映していなかった。
「あなたは今、どこを見ているんでしょうね」
カラスが何羽か空高く飛んでいく。
日もそろそろ沈もうとしていた。
「俺たちも帰りましょう」
予備動作なしで、足場の棒を掴んだ片腕を軸に隣に向かって蹴りだす。
空を切る音。

パシッ

勿論、受け止められる。
「目、覚めましたか?」
目が覚めてないことはわかっていた。ただ、この台詞は初めて会った時からの癖。
この後にくる攻撃に備えてジャングルジムから飛び降りる。
ヒュッ
案の定、その後をトンファーが追ってきた。
左、右、左、今度は下から。
この時、倒されることは許されない。
倒されると、またあの人はどこかに行ってしまう。
まあ、俺は倒されないけど。
目が生気を取り戻していく。
「あれ?ここは…。綱吉?」
「死にそうなところ助けられといてそれはひどいですよ」
微かに目を見開く姿は、変わっていない。
「ありがとう、綱吉。戻ってこれた」
でも昔は微笑んで感謝の言葉なんて言わなかった。
今の方がずっと良い。
「どういたしまして。お帰りなさい、雲雀さん」
にっこりと笑いかける。
「…ただいま」


2人で手を繋いで、心配しているであろう風紀委員(特に草壁)のもとへと帰る。
「ねぇ、雲雀さん。あれ、自分で止められないんですか?」
「僕にはどうしようもないよ。でも、解決方法なら一つ…」
「えっ。何、何ですか?」
雲雀がこちらを向いた。
「君がいつも僕といれば良いんだよ。君がいれば僕は『消える』ことなんてできないし、したいとも思わない」
この人は……さらっとこんなことを言うから困る。
「そうですねぇ。雲雀さんの性格がもうちょっと良くなったら考えてあげます」
「……努力するよ」

 end

な、長かったぁ
強い綱吉君と(精神的に)弱い雲雀さん
草壁さんが異様に出張ってます
(06/12/19)

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